取材・文:コトポッター店主 横山
京都市内に窯を構える楽入窯。
約100年の歴史を持つこの窯では、茶道具としての楽茶碗を中心に制作が続けられている。
楽焼は約400年前、千利休の求めによって生まれた焼き物だ。
轆轤を使わず手で形を作り、低温・短時間で焼き上げる。その特異な性質は、他の陶器とは大きく異なる。
今回、3代目・楽入 吉村重生(しげお)さんに話を伺い、楽焼の本質と、その中での新たな表現について聞いた。

三代 楽入 吉村重生
京都・山科にて楽入窯を主宰する楽焼作家。
約100年続く楽入窯の3代目として、茶道具としての実用性を重視した楽茶碗の制作を行う。
略歴
1959年9月 2代目吉村楽入の長男として京都にて生まれる
1984年3月 京都府陶工訓練校 成形課 卒業
その後 父・先代楽入に師事し、作陶を開始
2001年 伝統工芸士に認定
2004年 三代 吉村楽入を継承・襲名
同時に「萬福堂」を号し、大阪心斎橋大丸にて個展開催
京都市立陶工専門校・京都市産業技術研究所にて講師も務める
楽焼のはじまりと、その本質

——まず、楽焼について教えていただけますか。
吉村さん:楽焼は約400年前に京都で生まれた焼き物です。千利休という茶道の宗匠が、それまで使っていた中国や朝鮮の茶碗ではなく、日本で作られた茶碗を求めはったことがきっかけです。
当時、京都には本格的な陶芸家はほとんどおりませんでしたが、屋根の上に置く獅子飾りなんかを作っていた職人・長次郎に、利休が茶碗を作ってくれと頼まはった。それが始まりです。
その際に、京都で採れる「聚楽土(じゅらくつち)」を使って作られました。
この長次郎は轆轤を使わず、「手びねり」で形を作ります。焼き方も特殊で、低温で短時間、10分から15分ほどで窯から出す「引き出し焼成」という方法です。

——一般的な焼き物とはかなり違いますね。
吉村さん:そうですね。分厚くて、少し歪んでいて、そのくせ弱くて脆い。水も吸いますし、下手したら漏れます。
普通に考えたら欠点ばかりなんですけど、利休さんはそれがええと言わはった。
完全やない、不完全なもの。いずれ土に還っていくような性質。それが「わび・さび」に合うとされたんです。
楽入窯の成り立ち

——楽入窯についても教えてください。
吉村さん:うちはもともと楽焼やなくて、「焼き砥石」という高温で焼く焼き物をやってました。楽焼とは真逆ですね。
その窯の残り火で、曾祖父が趣味で楽茶碗を作ってたんです。それを祖父の代で家業として本格的に始めて、今は私で3代目になります。
ですから、400年続く樂家さんとは縁もゆかりもありません。うちはうちで、独自の流れで約100年やってきた窯です。
楽茶碗は「使うための器」

——楽焼の魅力はどのようなところにあると思われますか。
吉村さん:正直、一般の器としては使いにくいですよ。水は吸うし、弱くなるし。
でも茶道にとってはそれがええんです。吸水性があることでお茶が点てやすいし、手に持ったときの温もりも伝わる。
ですから、楽茶碗いうのは「茶道のための器」なんです。
芸術品でもないし、普通の食器でもない。

——制作の中で大切にされていることは何でしょうか。
吉村さん:「用いるための美」ですね。
使うてなんぼの器ですから、使いやすさは絶対外したらあかん。
ただその一方で、新しいことをせんと、古いもんばっかりが良いいうことになってしまう。そこはいつも葛藤です。
絵付けという新しい表現

——楽入窯の特徴として、絵付けの茶碗がありますね。
吉村さん:そうですね。30年くらい前から始めました。
本来、楽茶碗いうのは赤と黒の無地が基本です。
でもそこに新しい表現を入れてみよう思て、絵付けをやり始めました。
——一般的な陶器の絵付けとは違うのでしょうか。
吉村さん:だいぶ違います。うちは「生絵付け」といって、まだ焼いてへん柔らかい土の状態に直接描くんです。
顔料やなくて、色をつけた土そのもので描きます。今は60色くらいありますね。
それを焼くと、土の色でもちゃんと出るんです。楽焼は低温やからこそできる表現ですね。

——独特の質感もありますね。
吉村さん:そうですね。少し盛り上がったり、やわらかい感じになります。他ではあまり見ないと思います。
ブランドごとの考え方

——作品はブランドによって分かれていると伺いました。
吉村さん:はい。「萬福堂」は私の作品で、無地中心です。
「楽入印」は絵付けのシリーズで、絵付け職人が加わります。
「楽入窯」は工房全体で作るものです。
——絵付けについてはどのように考えていますか。
吉村さん:面白いし、新しい表現ではあります。ただ、自分の中では「楽焼の本質か」と言われると少し違うとも思うてます。せやから、ブランドを分けてるんです。
焼成と一点ごとの個性

——焼き上がりはどのように決まるのでしょうか。
吉村さん:楽焼は10分ほどで焼いて、1つずつ出します。その中で火の当たり方なんかで色が変わる。「窯変」ですね。
——「良い茶碗ができた」と感じるのはどんな時ですか。
吉村さん:もう単純に、自分がええと思った時です。
形と焼き上がり、それがうまく合うた時ですね。
楽焼の変化とこれから
——楽焼はこれからどのように変わっていくと思われますか。
吉村さん:変化は必要やと思います。400年前のままやったら、いずれ廃れてしまう。
「伝統は革新」いう言葉がありますけど、新しいことをして初めて、古いものの良さも見えてくる。

——今後の制作についてはどうお考えですか。
吉村さん:これまではずっと「用の美」、使うための器を作ってきました。今66で、40年ほどやってきましたけど、ぼちぼち次は違うこともしたいなと思てます。
例えば、使えない茶碗。あるいは茶碗と呼べないもの、もしくは茶碗ですらないものですね。
ただ、長年やってるとどうしても「使うこと」に意識が向いてしまうんです。せやからオブジェみたいなものを作りたいとは思いながらも、まだ自分の中で形がはっきり見えてきてへんのが正直なところです。
楽焼いうのは低温で焼いて、窯変も出て、特に赤楽なんかは非常に面白い表情が出る。この技法を使って、これまでとは違う表現ができたらええなと思てます。
実際、ギャラリーの方なんかは「楽焼で現代アートを作ってほしい」とよく言われるんですけど、若い頃にそういう勉強をしてきてへんので、なかなか自分の中からイメージが湧いてこんのです。
それでも、そこは一生の課題として、いずれ形にしたいですね。売り物というよりは、自分の表現として。楽焼の技術で、もう少し自由なものを作れたらと思てます。
編集後記
楽焼は「不完全」であることを受け入れる器である。その性質ゆえに、扱いは難しく、用途も限られる。
しかしその制約の中でこそ、独自の美しさが生まれてきた。吉村さんが取り組む絵付けの楽茶碗もまた、その延長線上にある新しい表現のひとつと言えるだろう。伝統を守るだけでなく、変化を受け入れること。その積み重ねが、これからの楽焼を形作っていく。
KOTOPOTTER 店主
横山雅駿
10年以上にわたり、京焼・清水焼はじめ伝統工芸品や陶磁器に携わっています。
京都の窯元や陶芸家と連携し知見や審美眼を深めながら、新しい伝統工芸品の在り方を模索しています。
2024年に京焼・清水焼専門のECサイトKOTOPOTTERを立ち上げました。