「土の時間に寄り添う」—— 哲学を経て、手仕事の美へ
取材・文:コトポッター店主 横山
比叡山のふもと、静かな町家の一角で、器と真摯に向き合う陶芸家・前田麻美さん。美術、哲学、そして陶芸と、異なる領域を丁寧に歩んできた彼女に、ものづくりの原点と日々の暮らしについて伺いました。
Jiucasca 前田麻美 陶歴
- 1988年 東京生まれ
- 2006年 武蔵野美術学園造形芸術科 基礎課程修了
- 2011年 國學院大學文学部哲学科 卒業
- 2013年 京都大学大学院文学研究科修士課程修了
- 2013年 京都にて陶芸を学ぶ
- 2017年 京都にて独立
絵画、哲学、そして陶芸へ
――まずは前田さんのご経歴から教えてください。
もともと彫刻に興味があり、武蔵野美術学園で入りました。
デッサンなど の基礎や油絵を一年ほど学んでいたのですが、あまり自分には響かず…。
その後、大学の哲学科へ進学し、古代ギリシャ哲学を中心に大学院まで6年間学びました。プラトンやアリストテレスなど、すべての学問の原点とも言える考え方に魅了されたんです。
修士課程を終えた後、哲学の研究に進むか、もともと興味があった彫刻や陶芸に進むか、というところで陶芸に入り、京都で陶芸の技術を学びました。
2017年に独立して、今は自宅兼工房で制作を続けています。
――哲学の学びが、陶芸に生かされていると感じますか?
はい。哲学って、突き詰めると論理的な思考力なんです。
焼き物も実はとても科学的で、土や釉薬、焼成の仕組みを理解するためには、筋道を立てて考える力が役立ちますね。
手でつかみたい衝動と、器という“道具”
――陶芸に惹かれた理由は?
私、手で何かを“つかむ”という動作が好きなんです。彫刻にも通じるところがありますが、土はもっと直接的で反応が早い。
アートって言葉で説明されすぎると、もうキャプションだけでいいじゃん、って思ってしまって(笑)。
でも器は「使う人」がいて、「食べ物」があって、「売る人」もいて、作り手と使い手の関係性がはっきりしているところがいいなと思ったんです。
――器づくりにおいて、意識していることはありますか?
器はあくまで料理の引き立て役であるべき、というのが私の基本姿勢です。主張しすぎず、料理と調和すること。だから、華美になりすぎず、色合いも落ち着いたトーンが多いですね。
「土の時間」に合わせて暮らす
――制作はどんなリズムで行っていますか?
子どもがいるので、基本的には朝から夕方4時ごろまでですね。
ただ、陶芸って自分の都合じゃなくて、土の都合なんです。乾燥のタイミング、削るタイミング、全部“土の時間”に合わせなければいけない。無理に進めると割れたり歪んだりするので、常に寄り添う姿勢が必要です。
アンティークと植物から生まれるかたち
――作品のモチーフには、植物やアンティークの要素が感じられますね。
そうですね。骨董市やアンティークショップで出会ったもの、あるいは散歩中に目に入る植物からヒントをもらうことが多いです。特にイギリスのアンティークには植物モチーフが多くて惹かれます。人って植物が好きなんですよね。食べるものでもあるし、自然を模倣するのが芸術の原点でもあると思うので。
和洋を越えて、誰かの手に届く器を
――ご自身の作風は、どちらかといえば西洋的な要素もありますね?
日本の古伊万里の淡い染付のからインスピレーションを貰ったりもしています。和洋折衷と言いますか、どちらのデザインも影響を受け合いながら生まれていくものを大切にしています。
――今後やってみたいことは?
自分の作品をもっと広く届けていきたいですね。焼き物の産地である京都で学んできた身として、売れることで産地に還元できると思うんです。
今は手伝ってくれる方もいて、以前よりも余裕をもって作れています。効率もクオリティもあげてたくさんの人に手にとってもらいたいと思っています。
「土」に向き合うということ
――これから陶芸を志す方へ、何かメッセージがあれば。
私なんてまだまだ学びの途中なので偉そうなことは言えませんが…努力は必要です。寝る間を惜しんで練習していた時期もありました。でもそれは、面白いと感じたからできたこと。やっぱり、自分の興味とちゃんと向き合うことが大切だと思います。
――最後に、器を手に取る方に伝えたいことは?
「この器、どう使えばいいですか?」とよく聞かれるのですが、定番の使い方にとらわれず、自由に盛り付けてほしいですね。自分らしい使い方が、いちばん美しいと思います。
KOTOPOTTER 店主
横山雅駿
10年以上にわたり、京焼・清水焼はじめ伝統工芸品や陶磁器に携わっています。
京都の窯元や陶芸家と連携し知見や審美眼を深めながら、新しい伝統工芸品の在り方を模索しています。
2024年に京焼・清水焼専門のECサイトKOTOPOTTERを立ち上げました。